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一般社団法人綜合ヒューマンスキル開発協会

鈴木敏文
『セブンイレブン』で有名な株式会社セブン&アイ・ホールディングスの代表取締役会長
出生国:日本
誕生日:1932年12月1日

鈴木敏文

みんなが賛成することはたいてい失敗し、反対されることはなぜか成功する。

現在、日本人の生活になくてはならないものとして利用されている「コンビニエンスストア」

国内で最初のコンビニを作り、
現在の姿までに成長させた「育ての親」こそが、鈴木敏文だと言われています。

31歳の時に、イトーヨーカ堂に転職してきた鈴木は、
イトーヨーカ堂の子会社である「株式会社ヨークセブン」を創設。

後に「株式会社セブンイレブンジャパン」と名前を変えるその会社で、
鈴木は日本初となるコンビニの開業に向けて尽力します。

しかし、親会社である「イトーヨーカドー」はその時期、
店舗数の拡大に集中しており、鈴木の考えには反対していました。

イトーヨーカドーのような大規模な小売店とは違い、
鈴木が考える「コンビニエンスストア」は小規模な店舗であり、
大型店との共存はむずかしいと考えられていたからです。

しかし鈴木は経営体制を変えれば、大型店と小型店との両立は可能と考え、
周囲の反対を押きる形で第一号店となる「セブン・イレブン」を開業。

人間は自分が思いつかないことには反対します。
一方、私は人が思いつかないことには、それだけ価値があると考える。
実行すれば、差別化が生まれ、結果として成功に至ります。

店舗はまたたく間に全国へと出店されていくのですが、
鈴木は全国すべての箇所に出店する形はとらず、
一部の地域に絞って出店する「ドミナント戦略」を実施。

それにより、工場や配送センターの使用率をあげ、より効率的な経営を実現しました。

また、第一号店がオープンした翌年には、
福島県郡山市の店舗にて、今ではあたりまえとなっている「コンビニの24時間営業」を開始。

これにより、コンビニエンスストアは「便利で身近」なイメージを確立していきました。

鈴木の関心はコンビニだけにとどまらず、
2001年4月にはのちの「セブン銀行」である「株式会社アイワイバンク銀行」を設立。

主要な銀行では夜中にお金を下ろすことができないという、
顧客が感じている不便さを改善するためのものでした。

日本のコンビニ業の礎を作った鈴木は、その功績が称えられ、
2003年に日本政府から勲一等瑞宝章が授与されています。

変化はリスクを伴いますが、今の時代、変化しないほうがリスクが高い。

1932年12月1日 長野県の埴科郡坂城町に生まれる
1952年 長野県小県蚕業高等学校を卒業
1956年 中央大学経済学部を
卒業東京出版販売に入社
1963年9月 株式会社イトーヨーカ堂に入社
1971年9月 株式会社イトーヨーカ堂の取締役に就任
1973年11月 株式会社ヨークセブンを設立。専務取締役に就任
1974年5月 東京都江東区にセブンイレブン1号店を出店
1975年6月 福島県郡山市のセブンイレブンで24時間営業を開始
1977年9月 株式会社イトーヨーカ堂で常務取締役に就任
1978年1月 株式会社ヨークセブンを「株式会社セブン-イレブン・ジャパン」に改名する
1978年2月 株式会社セブンイレブン・ジャパン代表取締役社長に就任
1983年4月 株式会社イトーヨーカ堂の専務取締役に就任
1989年5月 日本フランチャイズチェーン協会会長に就任
1991年3月 アメリカ・サウスランド社の経営権を取得する
1992年10月 株式会社イトーヨーカ堂代表取締役社長に就任
2002年5月 南甲倶楽部会長に就任
2003年5月 株式会社イトーヨーカ堂代表取締役会長・最高経営責任者に就任
株式会社セブンイレブン・ジャパン最高経営責任者に就任
両者のトップに立つ
勲一等瑞宝章を受章
2005年9月 株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長・最高経営責任者に就任
2006年3月 株式会社イトーヨーカ堂を新設。
代表取締役会長・最高経営責任者に就任
2016年5月 株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問に就任

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