一人一人が持っている才能を正しく理解し、
最高のパフォーマンスを発揮する社会を作る

一般社団法人綜合ヒューマンスキル開発協会

堀江貴文
実業家、著作家、投資家、タレント、YouTuber。 数社の取締役であり、大阪府の特別顧問なども兼任している。
出生国:日本
誕生日:1972年10月29日

堀江貴文

失敗しても命までとられることはない。ゼロになるだけ。

自身で築いた資産での新規ビジネスへの参入や過激な発言で
世間から注目を浴びる堀江貴文。

多額の資産を築く彼の人生に迫るとともに、
堀江貴文から学べる人生において大切なこととは
どんなことなのかについてお伝えしていきます。

 

【ホリエモンで知られる堀江貴文の人生】

ホリエモンの愛称でおなじみの堀江貴文は

1972年に福岡県のごく一般的な家庭に生まれますが、
彼は幼いころから天才でした。

教科書を1度読めばすぐに理解でき、
テストはなにも勉強しなくてもほとんど満点だったといいます。

県内随一の進学校である久留米大学附設中学校に進学すると
入学祝いで当時話題の
MSXパソコン「日立H2」を買ってもらい、
その魅力に取りつかれ熱中していたそうです。

この時にかなり複雑なプログラミング技術を身に付けるまで熱中したことが、
堀江貴文の人生のキーポイントとなります。

その後、付属の高校に進学し
現役で東京大学に合格した彼はパソコンから離れた生活を送っていましたが、
卒業後の進路に悩んでいた時、
あの夢中で取り組んでいたパソコンのことを思い出しました。

堀江貴文は塾のアルバイトで知り合った有馬あきこらと共に
ホームページ制作・管理運営を行う会社を設立します。

時代を先駆けた会社は注目を集め大きくなり、
2002年あの有名なライブドアが誕生します。

様々な新規参入に挑戦するライブドアは注目を集め、
この時の堀江貴文の最大資産2000~3000億円もあったほど
経営は上手くいっていました。

しかし2006年1月23日に証券取引法違反の容疑で逮捕される
という事件を起こします。

世間でも大きな注目を浴びた「ライブドア事件」で
堀江貴文に懲役2年6か月の実刑判決が下されます。

そして賠償金・和解金として株主に自己資産から
208億7000万円を支払い、
彼はその時の資産の99%以上を失いました。

刑期を終え2013年3月27日に出所した彼は
実業家、著作家、投資家、タレントとして
再び前を向き活動しています。

財布の中身を気にしていても意味がない。
お金は、ストレス発散や、おいしい食事など、自分への投資として使ってしまえばいい。

【資産家堀江貴文から学ぶ人生で大切なこと】

成功、失敗どちらも経験した
堀江貴文の人生から私たちが学べることがあります。

「やりたいことがあるなら迷うな!やってみればいいじゃん」
堀江貴文は常に挑戦する人生を歩んでいます。

人とは違う新しいことをする彼は
多くの成功で多額の資産を築きました。

しかし挑戦には失敗はつきものです。

堀江貴文もまた球団買収計画やニッポン放送買収計画は
失敗に終わりました。

また「ライブドア事件」では法を犯し、
会社も資産も失います。

しかし失敗で人生は終わりではないという事を
彼の人生が証明しています。

失敗してもいいからとりあえずやってみなければ成功することもありません。

そして堀江貴文のように
何度でも立ち上がる強い精神力も長い人生には必要です。

「みんなが下手くそで一人だけうまい状況では面白くない
同じレベルか自分より強い奴に勝つことを考えるのが楽しい」

高みを目指すことも人生を充実したものにするには大切だと
堀江貴文の人生を知ると感じますよね。

学生時代、東京大学を目指した堀江貴文は
高校3年生の模試でF判定を受けますが、
そこから半年の勉強で東京大学に合格しました。

最近では2005年に
資産から個人出資したプロジェクト「JapanSpaceDream」を発表し、
民間宇宙旅行ビジネスに参入しました。

彼のように困難な目標に立ち向かっていく過程を
楽しめるようになりたいですね。

挑戦を楽しむことが人生を楽しむことに繋がることを
堀江貴文は身をもって伝えてくれています。

 

【まとめ】
・堀江貴文は日本の実業家、著作家、投資家、タレントとして活動
・愛称ホリエモン
・新規ビジネスへの参入や過激な発言で世間から注目を浴びる
・「想定内・想定外」という言葉で流行語大賞を受賞
・ライブドア事件で懲役2年6か月の実刑判決を受ける
・sns media&consulting株式会社ファウンダー、
インターステラテクノロジズ株式会社ファウンダー、株式会社7gogoの取締役を務める

堀江貴文はまだ誰も成し遂げていないことを求め、
常に働く日本を代表する実業家です。

無理だと思う必要はどこにもない。
追い求めていかなくては、可能性は消えてしまう。

1972年10月29日 福岡県南部の八女市で誕生
1985年 県下で一番の進学校である久留米大学附設中学校に入学
    合格祝いとしてパソコン「H2」を買ってもらったことをきっかけにパソコンへ熱中する
    かなり複雑なプログラミングを組めるようになる
1988年 久留米大学附設高等学校に入学
1990年 東京大学文学部に現役で合格し入学
1996年4月 有馬あきこらと共に有限会社オン・ザ・エッヂを設立する
   東京大学を中途退学
1997年 株式会社に改組する
   いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目される
2000年4月 東証マザーズに上場する
2002年 経営破綻した旧ライブドア社から営業権を取得しし、ライブドアへ社名を変更する
2004年 東北に新球団を設立する計画を発表したが、楽天との参入争いに負ける
2005年2月 ニッポン放送の株を35%取得し最大株主となる
   4月 ニッポン放送の買取を計画していたが、フジテレビジョンがすべての株を取得し失敗
   「郵政解散」に伴う総選挙の際、広島6区で立候補。落選する
    観光を目的とした宇宙旅行ビジネスを目指すプロジェクト「JapanSpaceDream」を発表
2006年1月23日  証取法違反(風説の流布、偽計取引)の容疑で逮捕される
   2月22日   証取法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で再逮捕される
4月14日 証券取引法違反によりライブドアが上場廃止となる
   4月27日 保釈保証金3億円で保釈される
2011年4月26日 懲役2年6か月の実刑判決が確定する
2013年3月27日 長野刑務所から仮釈放される
   6月3日  出資する株式会社SNSが折半で株式会社7gogoを設立
   11月10日  刑期を満了する
2014年1月~5月 クラウドファンディングのCampfireで支援金を集め
        東京、仙台、札幌、大阪、福岡、松山、広島の7都市で、無料講演ツアーを実施
   2月 茂木健一郎・金杉肇と共に音楽ユニット・ハッカーズを結成
2015年7月 Jリーグアドバイザーに就任
   12月 ロケット開発のために北海道大樹町に住民票を移す
      観測ロケット「MOMO5号機」の打ち上げ延期を大樹町から要請される
2016年5月 岡田斗司夫らと共に「みんなのアニメプロジェクト」を始める
2018年6月 地元福岡のプロバスケットボールチームライジングゼファーフクオカ社外取締役に就任
   7月26日 生徒の体験を重視する教育機関「ゼロ高等学院」を開校することを発表
2020年1月 「株式会社東京フットボールクラブ」を設立
      東京都社会人サッカーリーグ4部に参戦する
      自身も背番号は「11」で選手登録している
2021年2月24日 埼玉武蔵ヒートベアーズアドバイザーに就任

アクシスプロファイル簡易診断で、
あなたのスピリットプロファイルを明らかにしてみましょう。
無料で受講