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一般社団法人綜合ヒューマンスキル開発協会

トーマス・アルバ・エジソン
『発明王』と呼ばれ、一般家庭への電気の普及のきっかけを作った人物
出生国:アメリカ
誕生日:1847年02月11日
命日:1931年10月18日

トーマス・アルバ・エジソン

失敗すればするほど、我々は成功に近づいている

後世に名を残す発明家として知られるトーマス・エジソン。

エジソンが残した名言を見てみると、
「失敗」に関する名言を多く残していることがわかります。

なぜ、エジソンはそれほどまでに失敗を大切にしたのでしょうか?
その理由をひも解いていきましょう。

【エジソンの名言は失敗だらけの人生から生まれた】

トーマス・エジソンの名言の数々は、
数え切れないほどの失敗から生み出されたと言っても、過言ではありません。

エジソンは、1847年2月11日にオハイオ州マイランで生まれました。

少年時代のエジソンは異常なまでの「知りたがり屋」であり、
常識を常識として受け入れられない子供だったと言われています。

その好奇心の強さゆえに、経験した失敗も数知れず。

物が燃える仕組みを知るため、ワラに火をつけた結果、自宅の納屋を全焼させる。
人が空を飛べるかどうかを調べるため、友人にヘリウムガスを飲ませ大騒ぎになる。

何度失敗してもすぐに立ち直り、
エジソンは好奇心のおもむくままに実験を繰り返していきました。

「私は決して失望などしない。なぜなら、どんな失敗も新たな一歩となるからだ」

この名言をそのまま体現したような少年時代を、
エジソンは送ってきたのです。

ほとんどすべての人間は、
もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、
そこでやる気をなくしてしまう。
勝負はそこからだというのに。

【名言を見れば、失敗の大切さが分かる】

少年時代から数々の失敗を経験してきたエジソン。
そんな彼が特に興味を示したのが、科学の分野でした。

21歳の頃、票を自動で集計する機械で特許を取得。

しかし、議会からの評価は得られず、
その発明が採用されることはありませんでした。

この経験から、エジソンは「いくら立派な発明でも人々が喜んでくれなければ何の意味もない」と、
科学の存在意義に気づきます。

その後、エジソンは蓄音器を商品化したことにより発明家としての地位を確立させるのですが、
その道のりでは、成功を遥かに上回る失敗がありました。

冒頭で挙げた「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」の名言のように、
エジソンは何度失敗してもめげず、結果が出るまで努力を続けました。

その結果、エジソンは今や「発明王」として知られる大発明家となったのです。

「失敗したことがない。たんに、うまくいかないだろう1万の方法を見つけただけだ」

エジソンが残したこの名言は、彼が人生の中で数え切れないほどの挑戦をしてきた証とも言えるでしょう。

天才とは、1%のひらめきと99%の努力である

1847年2月11日 オハイオ州マイランでトーマス・エジソン生まれる
1864年 カナダの駅で夜間電信係として働いていた時に最初の発明をする
1868年 電気投票記録機で初めての特許を取得
1869年 株式相場表示機で特許を取得
1871年12月25日 メアリー・スティルウェルと結婚
1873年 マリオン・エジソン誕生
1876年 トーマス・エジソン・ジュニア誕生
1877年 蓄音機を商品化
1878年 ウィリアム・エジソン誕生
1884年8月9日  体調を崩し、妻メアリーが死去
1886年2月24日 ミナ・ミラーと結婚
1887年 ニュージャージー州のウェストオレンジ研究室に移転
1888年 マドレーン・エジソン誕生
1890年 チャールズ・エジソン誕生
1896年 自動車王のヘンリー・フォードと出会う
1898年 セオドア・エジソン誕生
1907年 ブロンクスに新しい映画スタジオを開く
1914年12月 研究所が火事で全焼
1931年10月18日 トーマス・エジソン死去。享年84歳

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